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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1414号 判決 1985年3月19日

控訴人(亡鈴木俵訴訟承継人)・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

鈴木茂

亡鈴木俵訴訟承継人

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

鈴木光三

小沼愛子

鈴木文雄

矢代嘉津江

旧氏・手塚

高橋由美子

斉藤ひさ子

鈴木良枝

右八名訴訟代理人

大谷久蔵

右訴訟復代理人

片桐章典

大津晴也

亡鈴木俵訴訟承継人控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)広美こと

上遠野廣美

亡鈴木俵・同鈴木實訴訟承継人控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

鈴木盛子

右二名訴訟代理人

大谷久蔵

亡鈴木俵訴訟承継人控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

高橋康弘

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

旧商号・重内鉱業株式会社株式会社シゲウチ

右代表者

戸部晃

右訴訟代理人

川崎友夫

佐藤孝一

柴田秀

吉田正夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求及び附帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

(控訴の趣旨及び附帯控訴の趣旨に対する答弁)

主文と同旨の判決。

二  被控訴人

(控訴の趣旨に対する答弁)

控訴棄却の判決。

(附帯控訴に基づく請求拡張後の請求の趣旨)

1 被控訴人に対し、(1)控訴人鈴木茂、同鈴木盛子は各自金五、九四一万〇、四七八円及びうち金五〇〇万円に対する昭和三八年一二月一日から、うち金五、四四一万〇、四七八円に対する昭和四五年九月一七日から完済まで年五分の割合による金員を、(2)控訴人鈴木光三、同小沼愛子、同鈴木文雄は各自金九九〇万一、七四六円及びうち金八三万三、三三二円に対する昭和三八年一二月一日から、うち金九〇六万八、四一四円に対する昭和四五年九月一七日から完済まで年五分の割合による金員を、(3)控訴人高橋康弘、同矢代嘉津江、同高橋由美子、同斉藤ひさ子、同鈴木良枝は各自金一九八万〇、三四九円及びうち金一六万六、六六六円に対する昭和三八年一二月一日から、うち金一八一万三、六八三円に対する昭和四五年九月一七日から完済まで年五分の割合による金員を、(4)控訴人上遠野廣美は金七〇万七、二六七円及びうち金五万九、五二三円に対する昭和三八年一二月一日から、うち金六四万七、七四四円に対する昭和四五年九月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は控訴人らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

第二  当事者双方の主張

次に付加・訂正するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者双方の主張」(別紙「旧俵炭鉱排水費内訳表」を含む。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の記載の補充・訂正)<中略>

(控訴人らの当審における陳述)

1  前訴事件は、主として俵炭鉱鉱区車置第一斜坑右一六坑道が被控訴人鉱区第四斜坑左三抗道に貫通したかどうか、貫通したとした場合、俵炭鉱鉱区内の溜水が右貫通個所から被控訴人鉱区内に流入するものかどうかの二点をめぐつて争われた。被控訴人は、訴外徳永武雄の証人としての供述や同人が作成したとされる図面、野帳等によつて右貫通の事実を立証しようとしたのであるが、審理中、徳永証人が被控訴人に買収されていたことが暴露し、その証言は、信憑性を失い、図面等も虚偽のものと思われるに至り、長期間の審理を経たにもかかわらず、右貫通の事実は遂に立証されなかつた。俵炭鉱としては、被控訴人鉱区への貫通の事実はないものと確信しており、最後までこの点を争いたかつたのであるが、エネルギー革命の進展に伴い、石炭産業は極度の不振に陥り、昭和三六年末をもつて、会社は、その炭鉱を閉山するの止むなきに至つた。当時の会社の負債総額は二億数千万円に達し、これに充てるべき資産としては石炭鉱業合理化事業団に租鉱権及び諸施設を買い上げてもらつた場合に支払われる代金(約五、〇〇〇万円)だけであつて、ほかにみるべき資産はなかつた。一方、石炭鉱業合理化事業団による租鉱権等の買上げを希望する炭鉱経営者は多数あり、いつたん時期を失すると、いつ買い上げてもらえるか分らない状況にあつたところ、当時、俵炭鉱との関係では、被控訴人との間の前訴事件のほかにも、全国石炭鉱業労働組合俵支部との間に従業員の退職金及び予告手当請求の調停事件が係属しており、租鉱権等を買い上げてもらうためには、早急にこれらの紛争を解決し、石炭鉱業合理化事業団による買上げの条件を充足する必要があつた。そのため俵炭鉱及びその関係者としては、被控訴人鉱区への侵掘及び貫通の事実が明らかとなつていないのに和解をするのは不本意ではあつたが、止むなく和解の方向へ踏み切つたものである。

和解は、東部石炭協会の会長であつた訴外清宮一郎の斡旋により訴訟外の私的な交渉の形をとつて進められた。その過程で、被控訴人は、俵炭鉱及びその関係者において、被控訴人鉱区への侵掘及び貫通の事実を認め、これを前提として、和解金を支払うほか、和解成立後、被控訴人が俵炭鉱から引き継いでその排水坑道を利用して実施する排水に要する費用を俵炭鉱ばかりでなく亡鈴木俵をはじめとする関係者が個人として連帯して負担することを強く迫つた。しかしながら、和解をする以上、和解金を支払うことは当然のこととしても、それ以外の要求は俵炭鉱側のとうてい受け容れられるところではなく、交渉は難航し、いつたんは打ち切られた。

ところが、昭和三七年九月か一〇月ごろ、当時の被控訴人の代表者(代表取締役・社長であつて、現在も代表取締役の一人)であつた戸部光衛から俵炭鉱の代表者(代表取締役・社長)であつた亡鈴木俵に対し、和解金を支払つてもらうだけでは、被控訴人が理由もなしに訴訟をしかけたことになつてしまい、面目が保てないので、実際に支払つてもらうつもりはないが、和解条項には形だけでも排水費用は俵炭鉱側で負担する旨を入れてほしい、との申出があつたことから事態は急転回し、和解成立の運びとなつたのである。そこで、被控訴人側の代理人である弁護士橋本正男、俵炭鉱側の代理人である弁護士市井茂、同滝田時彦らは、右の趣旨を和解条項としてどのように表現するかに腐心し、結局、「排水を必要とする場合」という文言によつてこれを表現することにしたものである。

以上のように、前訴事件の和解条項第五項は、被控訴人の面子を立てるために形式的に設けられたものであつて、実際に金員の支払を約したものではなく、せいぜい、将来、何らかの理由で俵炭鉱による被控訴人鉱区への侵掘及び貫通の事実が判明し、これが原因で被控訴人鉱区に異常出水が生じたというような場合には別途支払に応じるという程度のものでしかなく、いわば実行確保をとやかくいわないという責任のない債務の性質のものである。このことは、(1)和解金のうち金三、〇〇〇万円がいわゆる出世払とされ、実際に支払われることが予定されなかつたこと、(2)被控訴人側でその鉱区での採掘作業を続けるためには俵炭鉱側の残した排水設備を利用して排水を必要とすることは当然であつて、双方ともこれを予期していたのであるから、俵炭鉱の閉山後も排水費用を俵炭鉱側で全部負担するというのであれば、和解条項にことさらに「排水を必要とする場合」という文言を挿入する必要はなかつたこと、(3)亡鈴木俵をはじめとする俵炭鉱の関係者が、その個人資産からみて莫大な金額となり、予想もつかない天文学的数字の金額ともなり兼ねないことが予想される排水費用の全部を負担するなどということをたやすく承諾するとは到底考えられないことなどの諸点に照らしても明らかである。

2  仮に控訴人らが前訴事件の和解条項第五項により排水費用の支払義務を負うとしても、前訴事件の審理を通じて俵炭鉱による被控訴人鉱区への侵掘及び貫通の疑いが解消したこと、前訴事件の審理の過程で徳永証人を買収するなど被控訴人による不正な行為が明らかとなる一方、俵炭鉱側では前記のような止むを得ない状況下で被控訴人との和解の方向に踏み切り、金二、〇〇〇万円という当時の俵炭鉱にとつては大金を支払つていること、俵炭鉱の排水坑道を使用して排水をすることは被控訴人にとつて容易なことであること等の事情を総合すると、被控訴人が控訴人らに対し法的手段に訴えてまで排水費用の支払を求めようとするのは権利の濫用である。

3  被控訴人は、昭和五八年七月七日付けの「請求変更の申立」と題する書面によつてはじめて元本債権に対する年五分の割合による遅延損害金を請求するに至つたが、元本債権請求の訴えは昭和三八年一一月一九日に提起されているのであり、この間に遅延損害金を請求する機会は十分にあつたわけである。それにもかかわらず、控訴審での審理が終結に近づいた段階において新たに遅延損害金を追加して請求するということは、この点についての控訴人らの防御の機会を奪うものであり、時期に遅れた攻撃防御方法であるから、却下されるべきである。

仮にそうでないとしても、遅延損害金債権については元本債権とは別に独自の消滅時効期間が進行するところ、右書面による請求のときよりも一〇年以前に発生した分は時効消滅しているので、これを援用する。

4  被控訴人は、俵炭鉱鉱区の坑道が被控訴人鉱区坑道に貫通し、そこからの溜水の流入があつたことの根拠として、和解成立後の昭和三九年八月二四日茨城県北茨城郡磯原地区に集中豪雨があつた際、俵炭鉱鉱区車置第一斜坑の排水ポンプが水没し、排水ができなくなつたため被控訴人鉱区内に多量の出水があつたが、翌一九日から右第一斜坑での排水を強化し、昭和四〇年一月一三日に第一斜坑の水位がマイナス三九メートルに下るとともに、被控訴人鉱区での出水もなくなつたことを挙げている。しかしながら、右集中豪雨の際、被控訴人鉱区での出水は、付近一帯の土地の地表水が浸透して地下水となり、地域全体の地下水の水位が上昇したために生じたものであり、俵炭鉱鉱区内の湧水が流入したためではない。異常出水後に実施された両鉱区の坑内水の水質検査の結果によれば、俵炭鉱鉱区の坑内水のP・Hは二・九であるのに対し被控訴人鉱区の坑内水のそれは七・五であり、このことからしても、少なくとも被控訴人鉱区の出水が俵炭鉱鉱区からの流入水のみによるものではないことは容易に推論できるところである。

(被控訴人の当審における陳述)

1  前訴事件の和解交渉は、昭和三七年二月一四日に裁判所から和解勧告があつたのを契機として開始された。その過程で、当時の被控訴人の代表者(代表取締役・社長)である戸部光衛は、同年六月一日、「損害補償金は金五、〇〇〇万円とし、うち金二、〇〇〇万円を現金で支払い、残余の金三、〇〇〇万円を出世証文とする。俵炭鉱側で排水責任を負う。」という社長案なるものを提示した。このうち「排水責任を負う。」というのは、俵炭鉱はもとよりその役員も個人として連帯責任を負うということであり、ここに「排水」というのは俵炭鉱鉱区車置第一斜坑において俵炭鉱側で現に行つている排水を意味し、「責任」というのはこの排水を継続して行うに要する費用負担のことを意味している。しかしながら、この提案に対しては、亡鈴木俵をはじめとする俵炭鉱関係者が、損害補償金の残金三、〇〇〇万円と排水費用について個人としての責任を負うことを強く拒絶し、そのため和解交渉は、同年九月八日の交渉をもつていつたん打ち切られた。

その後、俵炭鉱及びその関係者は熟慮のすえ、同年一〇月一七日に至り、戸部社長提案を全面的に受け容れることとなり、同月二〇日、福島県平市(現在のいわき市)内で双方の代理人によつて和解契約書が作成された。この契約書の記載内容は戸部社長の提案の趣旨をそのまま盛り込んだものであり、これがそのまま同年一二月一八日に成立した前訴事件の和解における和解条項となつたものである。

ところで、俵炭鉱は、昭和三五年一二月末をもつてその炭鉱を閉山したが、その後も前記第一斜坑を使用しての排水は続けており、右和解契約成立当時も同様であつた。しかしながら、石炭鉱業合理化事業団によつて租鉱権等が買い上げられた後においては、炭鉱は俵炭鉱のものではなくなるし、事業団は排水作業をしないので、俵炭鉱鉱区内の溜水が増量し、これが被控訴人鉱区内に流入するおそれがある。そこで、右和解契約成立当時、被控訴人と俵炭鉱及び石炭鉱業合理化事業団との間では、事業団が俵炭鉱の租鉱権等を買い上げた後においては、被控訴人が俵炭鉱から既存の排水施設を借り受け(ちなみに、右排水施設は買上げの対象とならない。)俵炭鉱から引き継いで第一斜坑を使用して排水を継続することとされ、そのための手続が進められていた。前訴事件の和解条項第五項にいう「排水を必要とする場合」というのは、右のような経過によつて被控訴人が実際に排水作業を行うようになつた場合のことをいうのであり、控訴人らの主張するところとは全く趣きを異にするものである。

2  被控訴人の本訴請求は、前訴事件の和解条項第五項に基づく契約上の債務の履行を求めるものであり、その主張の排水費用の金額は右第五項の趣旨に従つて実施した排水に要した実費なのであるから、控訴人らにおいてその金額の当否を云々する余地はない。

3  被控訴人は、昭和五一年六月八日の当審第五回口頭弁論期日において、同日付けの「請求変更申立書」を陳述したことにより遅延損害金を請求したのであるから、その日から一〇年内に発生した分については消滅時効は中断した。

第三  証拠<省略>

理由

一被控訴人と俵炭鉱はいずれも石炭の採掘、販売等を営業目的とする会社であり、茨城県北茨城市磯原町木皿地区内に所在する租鉱区を有していたことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるところ、被控訴人と俵炭鉱の有していた右両租鉱区は隣接しており、それぞれ石炭の採掘取得を目的とする鉱業権を有していたこと、被控訴人が昭和三一年一二月二七日俵炭鉱といずれもその取締役として経営の任に当つていた亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實を相手方として水戸地方裁判所日立支部に俵炭鉱が被控訴人鉱区を侵掘したことを理由とする損害賠償請求の訴えを提起したこと、その後、右訴訟事件(前訴事件)は、同裁判所本庁に回付され、審理が進められていたところ、昭和三七年一二月一八日、当事者間に訴訟上の和解が成立し、和解調書が作成されたこと、同調書記載の和解条項には、第五項として、「原告の鉱区保全のため、被告会社の車置第一および第二斜坑の排水坑道を使用して原告が排水を必要とする場合の実費は、被告ら四名の連帯負担とする。」との取決めがあること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、右和解成立に至る経過を検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  前訴事件にかかる紛争は、被控訴人において昭和三〇年ごろ当時俵炭鉱の従業員であつた訴外徳永武雄から、俵炭鉱が被控訴人鉱区を侵掘しているとの情報を入手したことに端を発したものであり、前訴事件における被控訴人の請求は、俵炭鉱が被控訴人鉱区を侵掘して、俵炭鉱鉱区車置第一斜坑右一六坑道を被控訴人鉱区第四斜坑左三坑道に貫通させたことを前提として、侵掘によつて被控訴人鉱区から採取した石炭価格金二億二、三七六万円相当の損害金及び貫通個所から俵炭鉱鉱区内の溜水が被控訴人鉱区内へ流入するのを防止するためのダム建設に要する費用金一億円、計金三億二、三七六万円のうち金一億円の支払を求める、というものであつた。これに対して俵炭鉱側では右侵掘貫通の事実を全面的に争い、これが前訴事件の最大の争点であつたところ、審理の過程で、右争点につき関係図面等の証拠調、徳永武雄に対する証人尋問及び専門家による再度にわたる鑑定(伊木正二及び山田穣・兼重修による各鑑定)が実施されたが、これらの証拠方法はいずれも右侵掘貫通の事実の有無を解明するについての決定的な証拠とはなり得なかった。もとより、この点の解明には俵炭鉱鉱区車置第一斜坑右一六坑道の専門家による取明鑑定が最も効果的な証拠方法と考えられ、被控訴人側では早くから右取明鑑定を申請し、裁判所に対してその採用方を要請していた。しかしながら、右取明鑑定を実施するには、(1)そのために別途に新たな坑道を掘る方法と(2)右一六坑道そのものを利用する方法とが考えられるところ、(1)の方法によるときは多額の費用を必要とするうえ、地表面の農地を耕作している農民の反対が予想され、(2)の方法によるときは右一六坑道を使用しての採炭業務を一定期間中止しなければならず、そのために業務運営上に被る影響が重大であることを理由に俵炭鉱側が右方法によることを強硬に反対したため、取明鑑定の実施は見送られていた。その後、後記のとおり、俵炭鉱が昭和三六年一二月末をもつてその鉱区を閉山したので、被控訴人側ではこの機会をとらえて再度裁判所に対し右一六坑道を使用しての取明鑑定を採用するよう要請したが、もともと、侵掘貫通の事実はないとの前提に立つ俵炭鉱側では、このときも取明鑑定そのものが意味のないものであることを理由に強く反対し、結局取明鑑定は実施されなかつた。こうして、前訴事件の審理には六年の歳月が費やされ、時すでに昭和三七年に及んでいたのであるが、訴訟上、侵掘貫通の事実の有無は、いまだ解明されるまでには至らない状態にあつた。

2  ところで、前訴事件の審理が進められた前記昭和三一年から同三七年までの期間は、また、一方でいわゆるエネルギー革命が急速に進展した時期でもあつた。そのため石炭産業は、石炭需要の減少と採炭コストの増大によつて構造的な不況に陥り、常盤地区においては昭和三五年ごろから同三六年にかけて閉山する炭鉱が相次いだ。俵炭鉱もその例外ではなく、経営継続が困難な事態に立ちいたつたため昭和三六年一二月末にはその鉱区を閉じ、採炭業務の一切を停止した。その結果、俵炭鉱は、事実上、会社債務の整理を目的とする限度でその存在を維持するに過ぎない状況となつたところ、当時、俵炭鉱にはその鉱区について有する鉱業権と採炭施設のほかにはみるべき財産はなく、亡鈴木俵をはじめとする俵炭鉱の経営者は石炭鉱業合理化事業団に右鉱業権等を買い取つてもらい、その代金をもつて会社債務の整理を図る方針を樹てていた。そのためには、右事業団による買上げが実現するまで坑道と採炭施設の現状を維持する必要があるところから、俵炭鉱では、閉山後も、従前同様、既存の施設を使用しての坑内水の排水を続けつつ、右買上げの実現に努めていた。しかしながら、当時俵炭鉱には被控訴人との間の前訴事件のほかにも、その元従業員との間に退職金等の支払をめぐる紛争があり、これが調停事件として裁判所に係属していたところ、第三者との間のこれらの紛争の存在は、右買上げ実現についての大きな障害であり、いたずらに解決を長びかせることは買上げ実現の時期を失し、事情によつてはこれが不可能となるおそれさえもあつた。一方、被控訴人としても、俵炭鉱が右のような状況下にあつては、早期に買上げを実現させてその代金中から和解金の支払を受ける方が得策との思惑があり、このような社会経済情勢の推移とも相まつて、次第に前訴事件の当事者間に和解の機運が醸成され、予め、俵炭鉱側で被控訴人の意向を打診したうえ、裁判所に和解勧告を要請した。

3  裁判所からの和解勧告があつたのは昭和三七年一月二九日の第二〇回口頭弁論期日においてであるが、その後の和解条件をめぐる当事者間の折衝は、石炭鉱業合理化事業団東部支部長の清宮一郎、炭鉱業者の菊池泰二郎が調停役となり、主として訴訟外で進められた。

当時、俵炭鉱が、操業当時と同様、既存の施設を使用して坑内水の排水を続けていたことは前記のとおりであり、若し、この排水を中止した場合、俵炭鉱鉱区内の溜水が被控訴人鉱区内に流入するおそれも否定できなかつたことから、東京鉱山保安監督部平支部でも、予てから関係者に対し隣接の鉱区で被控訴人が操業を続けるかぎり右排水を継続するよう勧告し、俵炭鉱をしてこれを実施させてきたわけであるが、右排水継続の必要性は、俵炭鉱鉱区にかかる鉱業権等が石炭鉱業合理化事業団によつて買い上げられた後においても何ら変るところはないものであつた。しかしながら、右事業団は、元来、不良炭鉱を買い上げて廃止する一方、優良炭鉱を助成して、わが国石炭産業全体の合理化を推進することを目的とする公的機関であるから、右事業団が鉱業権等の買上げ後右排水を事業団自体で実施するということは到底あり得ないことであり、そのため買上げの実現後、右排水を何人の責任と負担において実施するかは、和解金の支払と並んで和解交渉の重要な課題であつた。

そこで、右交渉の過程で被控訴人側では、俵炭鉱による被控訴人鉱区の侵掘貫通があつたことを俵炭鉱側において認めたうえで、相当額の和解金を支払うほか、石炭鉱業合理化事業団による鉱業権等の買上げ実現後の排水実施に伴う費用を俵炭鉱側、とくに俵炭鉱は右買上げの実現後には事実上消滅してしまうので、実際にはその経営に当つていた亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實において個人で連帯して負担するよう強く迫つた。これに対して、元来、右侵掘貫通の事実はないとする俵炭鉱側では、これを認めることに強い拒絶反応を示し、また、排水費用を俵炭鉱の経営者が個人で負担することにも強硬に反対した。そのため、交渉は難航し、後半に至り、当時の被控訴人の代表者(代表取締役・社長)であつた戸部光衛は、前訴事件の訴訟代理人である橋本正男弁護士に対し、排水費用の負担については厳しい要求を続けるつもりはない旨の内心を吐露するまでに従前の態度を軟化させはじめてはいたものの、ついに打開策を見出せず、交渉は昭和三七年九月八日を最後として打ち切られた。ただ、右交渉の過程で、石炭鉱業合理化事業団による俵炭鉱鉱区にかかる鉱業権等の買上げ価格は金五、〇〇〇万円であり、俵炭鉱の他の債権者に対する支払のことを考慮すると、この中から和解金として支払えるのは金二、〇〇〇万円が限度であることが明らかとなり、被控訴人の代表者である戸部光衛は、これを踏まえて、和解金は、金一億円の請求をしている被控訴人の面子を立てて名目上は金五、〇〇〇万円とすること、ただし、実際の金員の授受は金二、〇〇〇万円についてだけ行い、残余の金三、〇〇〇万円についてはいわゆる出世払とし、消費貸借契約証書は作成するが、現実の金員授受はしない旨の提案をし、この点については、俵炭鉱側でもあえて反対はせず、ほぼ双方の間の了解点に達した。

5  ところが、和解交渉打切り後、一か月余を経過した昭和三七年一〇月一七日ごろ、被控訴人の代表者である戸部光衛から控訴人鈴木茂、亡鈴木實兄弟に対し、和解条項に排水費用は俵炭鉱側で負担する旨を加えてもらわないと、侵掘貫通があつたとして訴訟を提起、遂行してきた被控訴人の面子が立たないので、どうしても、これは加えてほしいこと、そうしてもらえれば、亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實にとつて悪いようにはしないので、一切を任せてほしい旨の非公式な形での申出があつた。俵炭鉱側では、右申出を和解条項に排水費用の負担に関する事項を加えても、これは被控訴人の面目を立てるためであつて、実際に費用を負担させることはない趣旨と受けとり、そのようなものとして右申出を受け容れることが決せられた。その結果、事態は急転回をみせ、交渉が再開され、同月二〇日には双方の訴訟当事者、その訴訟代理人である弁護士、その他の関係者が参集して、(1)俵炭鉱、亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實は被控訴人に対しその請求にかかる損害金として金五、〇〇〇万円の支払義務あることを認め、このうち金二、〇〇〇万円を現金で支払うこと、(2)残余の金三、〇〇〇万円については別途に消費貸借証書を作成するが、その証書は亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實の戸部光衛個人あてのものとすること、(3)「甲(被控訴人)の鉱区保全の為め、乙会社(俵炭鉱)の車置第一及び第二斜坑の排水坑道を使用して甲会社が排水を必要とする場合の実費は、乙、丙(亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實)の連帯負担とする。」ことを骨子とする和解契約書(甲第五号証)が作成された。その際、右書面の作成に携わつた双方の訴訟代理人である弁護士は、排水費用の負担についての前記戸部光衛による申出と亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實によるその受容れの趣旨に含まれる微妙な綾を契約条項上どのように表現するかに腐心し、結局、これを右(3)のように「甲会社が排水を必要とする場合」の文言によつて表現したものである。その後、同三七年一二月一八日、前訴事件につき当事者間に訴訟上の和解が成立したのであるが、その和解調書に記載された和解条項は前記和解契約書の記載と全く同じものであつた。

6  そして、石炭鉱業合理化事業団による俵炭鉱鉱区にかかる鉱業権等の買上げが実現した後の昭和三七年一二月二五日、被控訴人は右事業団との間で同鉱区内の坑道を排水のため使用することに関する契約を結び、また、そのころ、俵炭鉱から貸借名下に右買上げの対象から除外された排水施設の引渡しを受け、同月二六日から被控訴人がその鉱区を閉山し、操業を中止した昭和四四年一二月一三日まで排水を継続した。

以上の事実が認められる。右認定に反し<証拠>中には、前記和解条項(和解契約書)第五項の排水費用の負担に関する取決めは、被控訴人が俵炭鉱鉱区車置第一及び第二斜坑を使用してする排水に要する費用は、亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實が連帯して負担するというものであつて、それ以外の趣旨のものではない旨の各供述部分があるが、右各供述部分は次の理由でにわかに採用できない。すなわち、(1)難航のすえ、打ち切られた和解交渉が急転直下再開され和解契約成立に至つた理由について被控訴人は、俵炭鉱側で熟慮のすえ、被控訴人側の主張を全面的に受け容れることにしたためであると主張するが、右認定のとおり、俵炭鉱側のそれまでの強硬な態度に照らすと、交渉打切り後、一か月余の間に格別の事情の変更もないのに、俵炭鉱側が急に態度を改めるというのは不自然であり、被控訴人の代表者であつた戸部光衛から前認定のような申出があつたことが事態急転回の契機となつたとみるのが自然であること、(2)右認定のとおり、和解契約成立の時点では、石炭鉱業合理化事業団による俵炭鉱鉱区にかかる鉱業権等の買上げ実現後も俵炭鉱鉱区内の坑道と既存の施設を使用しての排水を継続することは当事者間では既定のこととされていたのであり、それに要する費用を全額、無条件で俵炭鉱側が負担するというのであれば、和解(契約)条項第五項に、ことさらに「甲会社が排水を必要とする場合」という文言を加える必要はなかつたこと、(3)和解(契約)条項第五項には負担する費用の範囲、その支払方法等について具体的な定めがなく、金銭債務を現実に発生させる根拠となる取決めとしては甚だ抽象的なものであること、(4)右認定のとおり、和解金(契約条項上では損害金とされている)は金五、〇〇〇万円とされながらそのうち金三、〇〇〇万円はいわゆる出世払とされたことにみられるように、和解(契約)条項のうえでは被控訴人の面目を保つ配慮もされており、その第五項もまたそのような配慮からのものとみる余地があることも否定できないこと、(5)のみならず、出世払とされた和解金三、〇〇〇万円については、現実の金員の授受はしないものとしながら、排水費用については当時その負担能力があるとはみられない俵炭鉱側が現実にすべてを負担するというのは、その発生時期や金額等が不確定なものであることからすると、一般社会通念に反し著しく奇異に感じられること、以上の諸点に照らすと、前記各供述部分はにわかに採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、前記和解条項第五項は、主として、前訴事件を和解によつて終了させるに際し、これを提起、遂行してきた被控訴人の面目を保つ目的で設けられたものであつて、もともと、その趣旨・内容は一義的に確定しているものではなく、少なくとも、これによつて俵炭鉱や亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實が被控訴人に対し排水費用の一切を無条件で負担することを約したものでないことが明らかである。したがつて、右和解条項第五項によつて亡鈴木俵、控訴人鈴木茂及び亡鈴木實が被控訴人に対し排水費用の一切を無条件で負担することを約したとする被控訴人独自の解釈をもとにした被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当たるを免れない。

三よつて、右と結論を異にする原判決は失当であるから、これを取り消したうえ、被控訴人の請求及び附帯控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡垣 學 裁判官大塚一郎 裁判官川崎和夫は職務代行を解かれたため署名押印できない。 裁判長裁判官岡垣 學)

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